好きをやめる

今回、周りから心配されるほど
モノを捨てまくりました

最近の気づきとして
なくても大丈夫なものが
いくらでもあるということ

そういうものって意外と
どうでも良いものだったりする

自分を豊かにするには?
を考えたところ
そのどうでも良いものを手放したら良いのでは?と

好きをやめるとは?

残したモノは大大大大大大好きなモノのみ

必要だからあるモノ<好きなモノより<大好きなモノ どうでもいいものを持っているより 大好きなモノが手元にあった方が ワクワクしませんか? だから手元に残すのは好きなものではなく大好きなモノ

今のところ
なんの不便もなく生活できている
ってことは
好きなものはなくしても大丈夫
周りにいかに余計なものがたくさんあるかがわかる

自分の好きなものを書き出してみるとたぶんよくわかると思う
好きなものを100書き出せって結構
難しくないですか?

最初の方のいくつかで
自分が何が好きで
何で構成されているかが分かってくると思います
わかると
自分自身もよくわかってきます

ヨガも一緒
余計なことを足していくのではなく
削ぎ落していく作業
その中に見えてくる静寂や自分の弱さなどを見る
だから足す作業ではないと思う

勉強することは悪くないけど
得たものはカラダを介して外へ出していくこと
ため込まずに出す
これもひとつの「手放す」なのかなと

なので
だいぶ身が軽くなりました
色々明確になったというか…

でも大好きなモノに囲まれているので
喪失感もなく
むしろかなりモノが減ったけど快適

不思議ですね

1つの欲がモノと一緒に断ち切れたのかもしれません

カタチがあるモノって
なくなりますからね

そんなにいっぱい持っていてどうするんですか?
なくても大丈夫なモノ減らしてみてはどうですか?



モノを減らすと起こること

基本迷ったら捨てるようにしてます
迷う=大好きではないから

減らして起こる反応として
なくなっても大丈夫という反応と
じゃあどうする?っていう反応の2つです

なくなっても大丈夫は特に問題なし
じゃあどうする?は代用を考えるんです

これで頭を使います
効率よくするのか、丁寧な仕様にするのかetc・・・

私が今回減らしてみたのは
食器用洗剤

ずっとなくしたかったヤツ
ボトルに入れかえてみたけど
やっぱりシンクからなくしたい!と思って

で、代用案を考えると
・お皿を洗わなくて済むので外食にする
・洗剤を重曹に変える
・お湯洗いでどれだけいけるのかな?

とか
パッと思いつくだけでこんな感じ
いくらでもなんとかなります

もしかしたらまた復活するかもしれないけどね
体験するって大事

ありがたみがわかるかもしれないしね

せっかく使うならこういう日用品も
大好きなモノを探したいし
実験してる間に出会うかもしれないし

なんとなくそこに

ある

っていうのを辞めようと思います

好きではなく
大好きに囲まれてる方が気持ちが豊かになると思います

ここまでしなくてもいいけど
自分の「好き」調べしてみるのも面白いかもしれませんね

自分が何を持っているか把握できてますか?
大好きなものが何かを知っていると知らないとでは、豊かさが変わってくると思います。

モノに頼らず
経験や体験に動力を費やせる方が得るものが大きいですよ

ヨガでもなんでも


まだ変更があるかもしれませんが
8月スケジュール更新しました




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です