考えを操るには

私の周りでも
迷走してる人がいる

と、いうかたくさんいる

だからヨガをしている人もいるのかもしれないが

ヨガをしているなら
迷子になったら元に戻る術を知っていても
よかろう…と思うのだが

なぜか探検家が多いので
みんな更に迷子の奥地に行きたがる

本能なんですかね?
ただのアホなんですかね?

もちろん人間一人ではどうにもならないので
私も人の手を借りることもある
と、いうか人の手借りっぱなし
ただ最終決定権は
いつでも自分が持ってるわけで

自分が変わろうとか
何かしようと思わないと変わらない

ヴルッティの実践

迷子の時
まず、迷子になったことに気づいているか?

これを気づかないと永遠迷子
それを楽しめる人ならいいと思うけど

迷子に気づいた瞬間誰もがまず不安になると思う

ここどこ?

帰れるの?

どうしたらいい?

ヨガ的考えのヴルッティ(考えの動き)は

苦悩になる考え
間違い・迷い、不確かな情報

苦悩にならない考え
認識・記憶・眠り(思考が働いてない状態)

苦悩の原因となる考えには
簡単に自分を見失う要素が多いので
揺れないようにするために
考えを納めるのが
ヨガです

何度も繰り返し意思で引き戻すのが

瞑想

と言われるもの

巷で瞑想なんちゃらとか流行ってたりしますが
そこまで意識出来てますか?と
言うところです

私も引き込まれた瞑想の方は
1人いるかいないか…って感じなので
瞑想も鍛錬が必要なわけです

ってか
瞑想ができてたら苦悩してないはずです

YOGAは繰り返しの練習

最近練習の話もちょろっとしましたが
ヨガに限らず
TRY&ERROR繰り返しをすることです

練習していて聞く人にはアドバイスしますが
そうでない人には
こちらから声をかけることは
あまりしません

だって
練習する、しないもその人の勝手だし
してないのに
こちらから何か言うのは
お節介意外のなにものでもないでしょ

意図的に繰り返すことが
必要なので
その繰り返しが自分のモノになります

これを繰り返すことで
はじめて
ふわふわする自分の
ハンドルを握れるのです

何度も自分で心を扱う努力を
続ける事が
わたしがヨガをつづける理由でもあります

まだまだ
私自身も言うことききませんが
前より楽ですし
少しづつ些細な変化や反応が
わかるようになってきました
(※前よりね)

何のためにヨガをしてますか?
理由はさまざまでいいと思います

その目標を目指すには?
やっぱり実践するのは自分なんです

アッビャーサの実践

自分でアッビャーサ(繰り返しの練習)をしてください
できなかったり
わからなくなったら
誰かの助けを借りるんです

そのSOSに気づくのも五感が鈍れば
気づきませんよね

そこも鈍ってませんか?

まずは今自身が
どういうところからのスタートなのか
気づけるとヨガの受け方などが変わると
思います

アーサナ(ポーズ)は座法
安定していることが前提
なのでヨガでポーズをとるときに
安定しているかまで見極められないといけない
ポーズができた!!や完成形に意識が向くが
つくりあげていく行程も
やはり必要な要素

出来なくても日々積み重ねていきましょう


ちなみに私は
暖色じゃなくて寒色のイメージだそう

これも外からのイメージ
自分ではわかりにくいこと

イメージで作っていただいたヘッドドレス
普段着けないから
新鮮!!

つけかた合ってる?これ笑