インストラクターとしての心構えを考えてみた

チャンスは基本1度きり
活かすか潰すかは自分次第だと思う

人との付き合いも
また今度って次の機会が
絶対保証されるものではない

なので
レッスンなども一期一会
そこから付き合いが始まる人もいれば
それっきりの人もいる
途中で離れていく人もいる

様々

だからこそ
私たちインストラクターは
レッスンを常に全力で挑む必要があると思う

ヨガは習い事や娯楽なのか?

巷にはヨガと名乗る
フィットネスやら
もはやこれは何?
っていうものまでたくさんある

っというか
ありすぎだよねー

でも本来ヨガって
生きていく上で必要なもの
必要に駆られて習いに行く
ってものじゃないと思うんですよね

生活の中になくてはならないこと
だから、自然とやっている人もいるくらい

実はこれもヨガ
あれもヨガってことが日常沢山ある

だからこそやってほしいし
意識してほしいこともある

私はそれを伝えていかなきゃいけないと
思っています

最近のレッスンでは自主的に練習する人や
質問する人が増えて来て
すごく良いことだと

その人にとって必要な事がわかってきたとか
変わりたいっていう気持ちが大きい人が
増えてきたっていう証拠だと思うし

伝えたい事が伝わってきたなと
目に見えて感じるから

その人にとっては
私はただの先生かもしれないし
その人の人生の中では一瞬で
記憶に残るか残らないかの人もいると思う

でも、自分以外のカラダをみるという事は
大げさにいうとその人の人生を変える
きっかけにまでなってしまうこともあるという事

それが、些細なことでも

だから当たり前のことだけど
今日私、調子悪かったから
レッスンもグダグダ…
ちゃんと出来なかった…ではいけないかと



もちろん人間だもの

インストラクターだって
サイボーグじやないですから
常に絶好調!ってわけではないと思います

もちろん私も新月前など使い物にならないかと…

それでも
出来ることってあると思うんです
例えば
「新月前で、ちょっとエネルギー不足です」
って正直に言います

なんだそりゃって思う人もいるかと思いますが
「この人こういう人なんだ」って
知ってもらってやるのと

「ただのやる気ない人だったな」
思われるのでは
かなり違うと思います

先生だから、偉い、しっかりしなきゃは
ちょっと違うような…

わざわざレッスンに来てくれて
その人の時間をいただいているわけですから

対、人

その人の熱量が伝わらないレッスンでは
DVDとかでいいわけです

みなさんのカラダを「知る」と引き換えに

伝えることは伝えないと
知ってもらわないと

話はそれから

変わる、変われる為のお手伝い

生活にまで着いて行くわけにはいかないので
その人を知れるのはレッスンの時だけ

座学とかでない限り
カラダのこと
アーサナやポーズがメインになります
みなさんそれぞれやりたいポーズとか
憧れのポーズとかありますよね

それだけがヨガじゃないけど
意欲があるって原動力になりますよね

私はなるべくチャレンジしてくれるような
レッスン構成にしています

それは
ヨガがただの運動ではないから
無理だとわかっている事に
挑戦してみる事が目的

チャレンジする事で、限界を超える
心が乱れ自分の心が見える
そして、心を整え鍛錬する

精神的な変革
ここまでカラダは連動します

前ヨガやったけど
変われなかったってこともよく聞く

とっても残念なこと

もしかしたら私でも変えられないのかもしれないけど
ちょっとでも何かの
キッカケにつながれば良いなと

その為には全力でぶつかって来てくれる人には
その時できる限りの全力のパフォーマンスを
そうでなければ失礼

自分自身1回1回のレッスンがチャレンジ
チャレンジする事で、限界を超える
心が乱れ自分の心が見える

自分自身を知る事にもつながる

色んなインストラクションを見て
感じたことを
自分でも出来ているのか振り返る

でも反省はしない
過去振り返って考えても巻き戻らないから

一期一会
次はないかもしれない
だからこそ今、一瞬のライブ感を楽しむ
お互い無理なく、強要なく

出会った人、1人づつの力で私も成長している
私はそんなヨガインストラクターです




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